どうする?!使用済み核燃料~当面は中間貯蔵しかない「核のごみ」~

2015年9月28日 19時57分 | カテゴリー: 活動報告

 

NPO法人原子力資料情報室共同代表の伴秀幸さん(右)と<2015.9.26さよなら原発品川アクション発足4周年講演会.大井第2区民集会所にて>

926日、「さよなら原発品川アクション」が主催する学習会に参加した。 「さよなら原発品川アクション」は、原発のない社会をめざし、品川地域でさまざまに活動を進めるための個人とグループの集まりだ。毎月11日に大井町駅頭で脱原発を訴えるアピール活動を行ったり、学習会を開催したりしている。

この日の学習会のテーマは「どうする? 核のゴミ!!」だ。私はこれまで原発の問題点を様々な角度から取り上げた学習会や、原発への対案としての再生可能エネルギーの可能性を追求する学習会などへ何度も参加してきた。原発の問題点のひとつに「最終処分方法が定まっていない」ことが取り上げられるが、実は問題点のひとつどころか、使用済み核燃料はどこまで行っても放射能を放出し続けながら崩壊し続ける核分裂生成物であり、10万年でも100万年でも無害化を待つしかない代物であることはすでに自明。ホントウは「処分」ではなく「半永久的管理・中間貯蔵」でしかないことを、国外事例が物語っているし、ほとんどの国民が知ってしまった、そういう代物なのだ。

であれば、最終「処分」と題し、この問題を正面から取り上げる学習会は、どのような学びの場となるのだろう・・・・・・。

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この日の講師は伴英幸さん(NPO法人原子力資料情報室共同代表)。伴さんは、原発の危険性を世に問い市民科学の重要性を説かれた原子力物理学者、故・高木仁三郎さん設立の原子力資料情報室を今に受け継ぎ、脱原発関連の講師として全国各地で精力的に活動、脱原発社会をめざす「原子力市民委員会」の中心的メンバーであり、国の放射性廃棄物ワーキンググループの委員も務められている。

学習会は、国の放射性廃棄物処理の方針が海洋()処分から地層処分に移行した経緯から始まり、現行の処分スケジュール、これまでに3回開かれた「最終処分閣僚会議」で議論されてきた処分(方法)にかかる「基本方針」について、そして、現在の基本方針に則った当面の取り組みについて、と進んでいった。

全体を通して「最終処分の困難さ」と「既定のスケジュールありきでことを進めようという理不尽さ」は、最早ぬぐいようがない。既定のスケジュールとは、1995年に六ヶ所村に最初の使用済み核燃料を搬入した際、「最終処分場にはしない、30年~50年の貯蔵後に他へ搬出する」という約束をしており、その約束に合わせたスケジュールのことだ。約束を守る姿勢は示さなくてはならないため(当たり前だ!)、これを理由に、政府は強引に処分地選定を目論む恐れがあるということだ。

聴けば聴くほど「やっぱり原発なんてそもそもが無理だ!」「当たり前だ!」という思いが強く、強くなる。そして、「今すぐ原発を止めたとしても、既にある核のゴミを私たちはどうしたらよいのか?」と考えて、暗たんたる思いにとらわれた。

「核のゴミ問題は現世代で解決すべき!」と一見反論の余地がない意見を声高に掲げる官制の動きもあるようだ。早く処分場を決めるための動きだ。それについて伴さんは「現世代とは誰のことか? 原発が続けば、現世代も先へ続いてしまう。まず、発生量の確定が必要。即ち原発依存に終止符を打ち、発生に責任を持つ世代を確定すべき」と話された。

その上で、「私たちはどう考えて何をなすべきか?」という設問に対して「まず現在の処分に関する議論を白紙に戻し、市民主体の議論をもう一度積み上げるべき。今まではそれが全くなかった」と指摘された。そして、慎重に言葉を選びながら「自分としては海外の候補地も含めた地層処分にならざるを得ないのではないかと思っている。そうなった場合、ではどれくらい地下なら大丈夫なのか? その研究は始まったばかり。それまでは(目の前で監視できる)中間貯蔵しかない」と話された。

それはそうだろう、国内の地層深くと政府はこともなげに言うが、伴さんが

誤解を恐れずに語られた意味も深く理解するが、だからといって、環太平洋地震ベルトに乗っかっている、世界中でどの国よりも地震に見舞われている、東南海地震が明日襲うかも知れない日本列島で地層処分が可能な場所などどこにあるというのか? 苦悩は尽きないし、結局、原発導入そのものが正気の沙汰ではなかったのだ……。

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百歩譲って、発生世代の責任として、将来の処分の形を議論の遡上に上げるにしても、まずは「原発を全部止める」ことが必須であり先決だ。この『当たり前!』を一日も早く実体化し、市民科学を前提にあらゆる情報が開示されなくてはならないはずだ。どうやってその先に進めるかは、やはり本当の意味での国民的議論を積み重ねて合意形成するしかないということだろう。この議論は原発推進派も反対派もない、一緒に取り組まなくてはいけない重大でのっぴきならない議論になる。「では、誰がリーダーシップをとってどうやって?」となると考えこんでしまう。

私たちが負ってしまった重い責任をかみしめる、いやというほど思い知る学習会が終わった。改めて、「とにかく原発を止めなければ話は始まらないのだ!」と何度でも言いたいし、その意を強くした学習会でもあった。(よしだ・ゆみこ)