決算特別委員会報告~予防接種の事前の情報提供は充分ですか?

2016年12月5日 14時40分 | カテゴリー: 活動報告

予防接種の対象となる人たちへ配られる冊子と余震表。文書による情報提供で、充分な判断ができるのだろうか?1994年の法改正の趣旨をもう一度確認すべきだ。

予防接種の対象となる人たちへ配られる冊子と余震表。文書による情報提供で、充分な判断ができるのだろうか?1994年の法改正の趣旨をもう一度確認すべきだ。

今は、第四回定例議会の最中だ。本会議での一般質問と常任委員会特別委員会が終了し、最終本会議を待つのみだ。今議会での議論については、改めてご報告するが、今回は決算特別委員会のご報告を続けたい。今日は、衛生費について取り上げたい。

衛生費では、品川区が勧奨する予防接種について、どのような情報提供が保護者に行われているのか?という視点で質問した。その質問の前提には、「情報を求める保護者への対応が不充分なのでは?」という懸念がある。

予防接種については、私自身が子育てをしていたころとは大きく変わり、ワクチンの種類も増え、接種回数も多くなっている。生後間もない赤ちゃんに同時に何種類もの接種が勧奨されることもあり、副反応などを心配する保護者からは「本当に必要なのだろうか、一度に複数のワクチンを接種しても悪影響はないのだろうか」などの声が上がっている。

1994年、国は大きくワクチン政策を転換し、予防接種法を改正している。1970年代から様々なワクチンによって深刻な後遺症が残ったと訴える訴訟が頻発したためだ。司法は、副反応を避けるための予診が十分に行えない集団接種という施策に過失があったと判断した。それまで国民の義務であった接種が、行政の勧奨によって国民が判断するものになった。接種を受けるか否かは個人の選択に委ねられ、保護者の判断で受けないことも選択できるのだ。

予防接種は必要なものであることに異論はない。予防接種によって、命にかかわる病気の流行が抑えられていることは確かだ。しかし、ワクチン接種にリスクが伴うこともまた一方の事実であり、国のワクチン政策転換がまさにそのことを示している。問題は、ワクチン接種を受ける当事者が接種を「受けないリスク」と「受けるリスク」について充分な情報を持って判断できる状況にあるか?ということだろう。自分で判断できない子どもたちにとっては保護者が代わってそれを行うわけで、一気に様々な予防接種の勧奨がされる年齢の子どもたちの親御さんの中には判断に迷う人も多いだろうと推察する。

質問するに当たって、品川区が子どもたちの保護者に送っている「予防接種のお知らせ」と問診票、それから小冊子「予防接種と子どもの健康」を読んだ。予防接種の必要性や副反応の可能性など、かなり詳しく書かれている。そして、問診票にはその部分を読んだか否かを問う項目があり、重篤な副反応についても了解した上で接種に同意するか否かを問う項目がある。区としては情報提供はそれで充分という認識が読み取れる。しかし、文書による情報提供や問診票記入は、1994年の法改正前にもあった。それでは不充分だから、政策を転換し法を改正したのではないのか?その趣旨を具体的な制度にするのが自治体としての役割だ。

例えば「予防接種と子どもの健康」の中には「予防接種を受けることができない例:として「その日に受ける予防接種の接種液に含まれる成分で、アナフィラキシーを起こしたことが明らかなお子さん」とある。しかし、一般的な保護者が接種液の成分を知りうるものだろうか?こういう記述で充分な情報提供と言えるのだろうか?

区は、最近は予防接種についてのアプリもあり、また区のHPでは厚労省のHPの予防接種のQ&Aも紹介しており、そこからはさらに詳しい情報にアクセスできるリンクも貼ってあるという。

これらの情報提供はもちろん大切だ。しかし、それらの情報は一般論でしかなく、保護者が知りたいのは「それでうちの子にとってはどうなのか?」であろう。それはやはり医師に直接質問したりすることでしか納得は得られないのではないか?それが予防接種法改正の趣旨のはずだ。「医師から充分に説明を受けるように」ということも文書に書いてある、というのだが結局は保護者任せ、医師任せにしか見えない。

もちろん自治体には「予防接種勧奨」の義務があり、それは忠実に遂行されている。しかし、もう一方で区民である「子どもたちの親」の立場に寄り添って予防接種を「受けさせる権利」「受けさせない権利」両方を適切に判断できるだけの丁寧な情報提供を行う義務もきちんと遂行してほしい。